この世で一番こわいのは誰ですか?

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そんなこと、口が裂けても言えません。

ねずみの三銃士 第三回企画公演「万獣こわい」

作:宮藤官九郎

演出:河原雅彦

出演:生瀬勝久池田成志古田新太小池栄子夏帆小松和重

GWに観てきた。

ねずみの三銃士は初めて。このメンバーで面白くないわけがない!と期待を高めて観劇。

1幕終わり、これはもしかしてものすごくこわいお話なのではないか?と嫌な予感がし、2幕を観るのがこわいこわいと叫んでいたけれど、終演後は背筋が凍って何も呟けない状態になっていた。

なんかこわいこわい言ってると饅頭こわい的な意味で怖いのかと思われそうだけど、ガチで怖い。ぶるぶる。

そして制作側の狙い通り、とっっっても「胸くそ悪い」話だった。

舞台は住宅街の中にある喫茶店。

マスターとその妻が開店準備を進める中、トキヨという少女が飛び込んでくる。

「助けて、ヤマザキが、ヤマザキが来る!」

トキヨはヤマザキという男のマンションに家族とともに8年間監禁されており、毎年ハロウィンの夜に一人ずつ殺されてきたのだという。そして今年、自分が最後の一人になったので逃げてきたのだ。

夫婦はトキヨを匿い、事件は明るみに出てヤマザキは死刑となる。

それから7年後、夫婦は互いに僅かな不満を抱きつつも結婚生活と喫茶店の経営を続けている。

ある日、里親に引き取られて成長しOLとなったトキヨが店を訪ねてくる。昔助けてもらった恩返しがしたい、この店で働かせてほしいと言って…。

暖かく迎える夫婦、喜ぶ常連客たちだったが、トキヨの里親アヤセが店に現れてから店の空気が変わっていく。

以上、ざっくりあらすじ。

以下の感想にはオチのネタバレも含むので注意。

こんなに後味が悪い芝居を観たのは初めてだ。間違いなく面白かったんだけど、面白かったとは言えない。「面白かったー!と言って帰って頂くような芝居は作らない」という製作陣の狙い、大当たりだよ!くやしい!いやでも本当に凄まじい演劇体験をした!

あらすじとパンプレットの犯罪心理学の解説を読んで、小説ならこういう展開があるかもな、でも舞台ではここまでやらないだろうと甘く見ていた。

2幕は想像していた何倍もえげつなかった。

このお話、なんとなく聞いたことがあるような話だと思ったら、過去に実際に起きた北九州監禁殺人事件をモデルにしている。

(事件の詳細を調べると一連の流れがすぐにわかるけど、気分が悪くなるのでご注意)

当時ニュースを見ながら、こんなことが現実に日本で起きているなんて信じられない、部屋から出ることができる環境にあって大の大人が逃げ出さないのが理解できない、と思ったことを覚えている。

舞台はヤマザキがトキヨ一家を監禁し仲間同士で殺害させてきた数年間と、それを模倣して喫茶店の人間関係を支配していくトキヨの一年、そしてそれを証言する裁判が交錯して描かれる。

洗脳に使われる拷問や罰ゲーム、ハロウィンの夜に一人ずつ殺害していく様子は本当に視覚的にも怖くて、数日夢に出そうだった…。もうカボチャ頭見られないこわい。

ヤマザキの裁判の証言台に立ち洗脳の恐ろしさを知っていたはずの、最も普通の夫婦が7年後には被害者になり加害者になっていく。真実を知る他の者達は全員死んで、2人と、トキヨだけが生きている。同じことがまたどこかで起こることを暗示させるループエンドのラスト。最後の最後で真実をぼかされて後を引く感じも、絶妙に気持ち悪い。

最後のトキヨの証言には鳥肌が立ちっぱなしだった。大どんでん返しにそれまで信じていたヤマザキ像すら覆される。それを意図してなのか、そういえばヤマザキはいろんな役者が代わる代わる演じていた。「ヤマザキ」はこの舞台においてただの記号だったのだ、と最後の最後に気付く。じゃあ、本当は、誰がどうやって何人を殺し、殺させてきたんだろう?ヤマザキが死の直前に記者を呼び出した目的って、もしかして?

「饅頭こわい」って、そういう意味かよ!やめてよ!こわいよ!

でもトキヨが本当に「こわい」ものと「饅頭こわい」ものがなんだったのか、想像の中でしか語られていないから、わからない。

普通に考えると長年狂った環境で育って生存戦略としてヤマザキを凌ぐ教祖になってしまった、ってことなのかな。

彼女の目的は最後まで読めなかった。自分より遥かに年上の大人達を洗脳しカースト制度を作りお互いに殺し合わせる。保険金があるとはいえ、特に動機は無いように見える。ただコミュニティの頂点に立って人間をいたぶりたいだけのような。

そして一番ぞっとするのは、ヤマザキやトキヨのような人間が「存在するかもしれない」ことではなく、マスターのような善良な、世間体を気にする最も「普通に存在する」人間が、結果的に一番多くの人間を手にかけ、無罪で生きながらえていることだろう。

世間体のためなら嘘をつき、追いつめられたら人も殺してしまう、一般市民の多くはこういう人間なんだろうなと思わされる。赤ん坊が彼に託されていることも恐怖。赤ん坊が誰の子なのか、という三重に暗い謎まで残したラストにはここまでやるのか…と気分が沈んだけどさすがだ笑

でも、何が一番怖いって、こんなに凄まじくこわい話で2分に1回くらい爆笑させてくるクドカンの脚本だよ!

笑うの不謹慎な話なのに笑い転げてしまう!ABBAパロティはずるい!(スウィーニートッド思い出した)あと最も残虐な場面でちょくちょくスウェーデン人はさんでくるのも卑怯だろあんなの笑うに決まってるだろ!

随所で挟み込んでくるネタが本当にめちゃくちゃ面白くて、こんな話なのに客席はほとんどの時間を笑って過ごしてるんだよ。今から思い出しても信じられないが。その緩急のつけ方が本当に見事でさすがクドカンだし、役者の力量が凄い。脚本には無駄なネタだらけなのに、舞台からは無駄なものが削ぎ落とされている印象。

三銃士の三人は期待通り、古田新太はこんな役だろうなと思っていたので意外だったのはむしろ生瀬勝久の変貌ぶりだった。

そして各所でも絶賛されているけれど、なんといっても小池栄子!この芝居は彼女があってこそ!

元から小池姐さんの舞台大好きなんだけど、今回はもう、ここまでやるかと感動した。演技の迫力がすごい。本当に彼女を見ているだけで空間の異常さと恐怖が伝わってくる。そしてギャグも全力で面白すぎるww体当たりすぎるネタも最高に笑わせて頂いた。

小池栄子が上手すぎるので、これが初舞台という夏帆が本当に気の毒だなと思ったけど、意外とあの素人っぽさがトキヨの怖さを際立たせていた気が。笑いながら虫を踏みつぶす子供のような、無邪気な怖さがあった。

ただ、トキヨの闇の深さ、動機や圧倒的なカリスマ性という面がもっとあれば面白かったのになーとも思う。この人が演じていたらどうなっていたかな、みたいなのが浮かぶ役だった。まあ謎すぎるのもあれはあれで。

カテコで生瀬さんが「(前回の三銃士公演から)この5年の間に宮藤官九郎くんが全国区になりまして。あまちゃんの感じを期待していらして頂いた方には本当に申し訳ありません」と挨拶していて客席大爆笑だった。いやほんと、あまちゃんファンの善良なおばあちゃんとかこれ観たら泡吹くわ。

めっちゃくちゃ面白かったんだけど素直に面白かったとは言い辛い、深く何かを訴えかけられるような重いテーマでもないけど他人事ではない、ハッピーエンドでもバッドエンドでもないこのもやもやした感じ。うん、本当に、他では味わえない演劇体験をさせてもらった。凄まじかった。このメンバーで、今しか観られないものを観られたという満足感。ただ、もう一度は観たくないです、饅頭こわいから。